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一と多の区別について

 投稿者:Tarosa  投稿日:2004年12月12日(日)02時44分53秒 YahooBB218137228214.bbtec.net
返信・引用
  私の書いた「特殊な一例」は、超越論だったのですが、それでは数学的理論に拡張します。

「うそとはある地球人のうそである」

自然数の定義に使われた数学的帰納法の原理は容易に拡張できる。ある地球人=ある地球人

「地球人は全員うそつきです。」
 
 

特殊な一例、その他

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年12月11日(土)21時47分59秒 p290a9a.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  ずっと以前、読書会(=「ラッセルを読む会」)にも1級建築士の方がおられましたが、多忙
のため2,3回出席されただけで、こられなくなりました。

 それはさておき、自己言及に関するパラドクスについて、一言。

 Tarosa さんがあげられている「特殊な一例」は、そのままでは自己言及のパラドクスになり
ません。詳しくは、三浦俊彦著『論理パラドクス』(二見書房)をごらんになってください。

 ★「地球に住む人間が言った。「地球人は全員うそつきです。」」
 
 ・「地球人は全員うそつきです。」がホントであれば、「話者」も地球人なので、この文は
  ウソでなければならず、矛盾するので、仮定が誤りであり、ホントではないことになりま
  す。
 ・しかし、「地球人は、全員うそつきです。」がウソであるなれば、「地球人は全員うそつき
   です。」ではない、ということになり、地球人のなかにはホントのことを言う人もいる、
   ということになります。「話者」の地球人には、ウソをつく人もいれば、正直な地球人も
   いる、ということで、★辻褄があいます★。
 ・従って、この「地球人は、全員うそつきです。」は、★この話者の場合には★、単純にウソ
  ということだと言うこともできますので、パラドクスではありません。
  

 ラッセルが発見した「ラッセルのパラドクス」は、論理的なパラドクスであり、下記のよう
に、もっと普遍的なものです。

 「ここに書いてあることは間違っている。」

 詳細は、三浦俊彦氏のパラドクス三部作をお読みになっていただければ幸いです。
 

はじめまして。

 投稿者:Tarosa  投稿日:2004年12月10日(金)04時37分2秒 YahooBB218137228214.bbtec.net
返信・引用
  私は、一級建築士の免許取得後、平成3年より哲学を独習してきました。確かに建築学と哲学は、直接関係がないとする一般的な見方もありますが、西洋建築を理解するためには、まず、西洋哲学をなんとか理解しなくては、フランスの前衛的建築を、結局、「形」を模倣することに終始してしまい建築学とするにはあまりにも幼稚な模倣物になってしまうと思ったからです。

哲学の独学は徒労に終わることが多いのではないか?

さらに、日本語に訳されるときに、概念も置き換えられる危険を感じながら哲学書といわれる本を買い集めてきました。多分、一人孤独な趣味だったら終わっていたと思います。終わらなかったのは、「建築学」を、教える立場の側に就いてしまった為でした。

私が簡単にできることが、なぜ、こんなにも沢山の人々を苦悩に陥れるのか?

その上、私が簡単にできることが、なぜ、文章に変換するとこんなにも意味不明で役に立たない文章になってしまうのか?

教える現場では「それは、センスだ。」と、私は、教わってきた。確かに教師達はできる。しかし、生徒はできない。この現実をどうすれば良いのか? 自問自答してきた。無我夢中のまま10年が過ぎた。

結論はでない。しかし、単純な計算や手続きに従ったAとかBとかの二者択一の答えは、簡単に教えられる。問題なのは、答えが無い問題に対してどのように対処すべきなのか。と、言う難問なのである。

全ての学問に照らして「確実に伝えられる」学問は「数学」だけだと、さらに数学は実践だと信じてきた、しかし、その数学を哲学的に再考するなかで不思議な疑問にたどり着いた。

「美人の集合」は集合論では扱えない。つまり、主観は最初から計算が外として切り捨てられていた。

建築学に於いても「美人」は鬼門である。それは同時にエネルギー源でもある。

この疑問は、さらに、「感情」がなければ「理論」が大量にあっても「決まらない」という。教える現場での困難と一致した。それが動機となり「ゲーデル」「カントール」「ラッセル」「ホワイトヘット」「クーン」等の残した本を読むことになった。

「無限を数える」

これほど魅力の有る概念は西洋哲学史でも味わうことはなかった。

「理論」とは、その「根拠」とは、「ある」のか「ない」のか?

この哲学的と言われる「ふんわりとした」くだらない幼稚な思考とも区別をつけてくれる先生をやっとみつけた。
「ラッセル」その人である。

廃墟の美しさを持続する西洋哲学に終止符を打つとすれば、「無限を数える」ことである。

これは、単なる学問ではなく、最近の「科学」と密接に関係している。「こころの科学」「認知科学」などは、その学問が完成されれば「哲学」など無用になると予想される。

しかし、「ラッセル」等の成し遂げた業績が単なる人為的な操作だと数学的に証明されれば、どうだろう。

現代その位置に居座る学者達にすれば、アインシュタインの相対性理論よりも重要だと思われる。

この「数学的矛盾」をどう理解するか?

以下に特殊な一例を記す。
 

特殊な一例

 投稿者:Tarosa  投稿日:2004年12月10日(金)04時35分44秒 YahooBB218137228214.bbtec.net
返信・引用
  地球に住む人間が言った。「地球人は全員うそつきです。」

上記循環理論。わたし的にかなり気に入ってしまった。

理由

私の記憶が正しければ、1950年代以降のアメリカ主義(グローバルスタンダード)の歴史をみればあきらかである。開拓者、冒険者精神がたどり着いた資本主義とは、イギリスの帝国主義を拡張した「バラックな帝国主義」である。裸の王様不在の都市を建設しヨーロッパ貴族社会が作り上げた虚構の権力を一般民衆に分け与えたのは、単に成り行き任せだったのだろう。

そうとも言い切れない。たった100年でヨーロッパをしのぐ帝国をつくりあげたのだから。

それは、単に国土の面積の比較では?

実は、科学技術力の差

日本の戦後の復興はたったの20年

アメリカのそれと比較するならば、5倍の速度を記録している。

科学技術力とは、つまり人間社会に置き換えると即効性となる。

1990年代「速さは力だ」とテレビCMで言い残したNEC「98」は2000年前に消えた。

確かに、科学力に慣れてしまうと「哲学」なんて、宙に浮いた根拠をもとに企んだ抽象論だと吐き捨てて「バカバカしくてやってられん!」と短気を起こすかもしれない。

しかし、好く考えよう。「私」に教えられるのは、「私」の他にない。

これからは、権力によって分けられた人種により、家畜をより明確に分別採取してゆく。

誰かが枝をつければ、誰かが枝を追いかける。

それも世界同時多発的に起こっている。

機械と競争して勝てるのか?

哲学者には、奥の手の「超人」の「超人」のための「超越論」があるではないか。

この「超越論」

地球に住む人間が言った。「地球人は全員うそつきです。」
 

お役にたててうれしく思います 

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年12月 6日(月)19時17分55秒 p6f81af.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  ドイツ哲学については、私は余り読んでいませんので、ドイツ哲学研究者にとって常識的な
ことでも知らないことが多々あるのではないかと思われます。それと同じように、

>> A>「坂本先生は、天才か馬鹿かのどちらかである」
>> この文章は正確ではない。正確に記述すると、
>> B>「坂本先生は天才である。」か「「坂本先生は天才である。」のではない。」
>> のいずれかである。
>> わたしは「なるほど!!」と眼からうろこ・・・

 哲学を全然勉強したことのない人であれば上記のような反応もあるのかなと思いますが、
哲学を勉強したことのある人が、そのような反応をすることは意外に思います。

 というように、お互いなじみのない専門分野や主題については、基礎的なことを案外理解
していないというのが現実だろうと思われます。

>>わたしは正確な文章を書くためにはラッセルの哲学を勉強しなくては!!と思い
>>百大氏の講義を聞いておりましたが「ド・モルガンの法則」などが出てくるあた
>>りから良く解らなくなってしまいました。

 「ド・モルガンの定理」などは、我々の時代??には、高校の数学の初歩ででてきており、
論理学の初歩というか、数学基礎論的なことは、我々の時代以後??のすべての高校生が学習
しているのではないかと思ってしまいますが、時代によって、学校によって?、そうでもない
かも知れないですね。集合論は、我々は?、高校の時に学習しましたが、行列の考え方は、習
いませんでした(大学に入って習うことでした)。しかし、大分前から「行列」は、高校から
習うことになりました(と思います)。

 三浦さんの『論理学がわかる事典』は、大変わかりやすく、論理学を勉強したことのある人
でも、振り返ってみるにはよい参考書だと思います。
 
 坂本百代先生がでてこられたので、つい余分なことを書いてしまいました。//
 

ありがとうございます。

 投稿者:黒猫館館長  投稿日:2004年12月 6日(月)01時49分17秒 d61-11-159-239.cna.ne.jp
返信・引用
  松下様、レス並びにラッセル入門のご案内、誠にありがとうございます。

わたしとしてはまず一番わかりやすいらしい『倫理学がわかる事典』を
読んでみようと思います。

ところでわたしがラッセルに興味をもったのはもうずっと昔、論理学の
世界では有名らしい「坂本百大」氏の講義を受けた事がきっかけです。

百大氏は第一回目の講義でラッセルの哲学の素晴らしさを一通り話した
あと、いきなり黒板に次のような文章を書きました。

A>「鈴木君は天才か馬鹿かのどちらかである」

百大氏は「この文章は正確ではない」といい次に

B>「鈴木君は天才かそうでないかのどちらかである」と書きBの文章
が正確である、といいました。わたしは「なるほど!!」と眼からうろ
こが落ちる思いでした。確かに鈴木君は天才であるかもしれないし馬鹿
であるかもしれないし、はたまた秀才であるかも知れないし、凡人であ
るかも知れないのです。つまりどうみてもAの文章は正確ではないわけ
です。わたしは正確な文章を書くためにはラッセルの哲学を勉強しなく
ては!!と思い百大氏の講義を聞いておりましたが「ド・モルガンの法
則」などが出てくるあたりから良く解らなくなってしまいました。

今後はまずこのHPでラッセルの生涯について学び、次に哲学を学ぼう
と思っております。それでは今後ともよろしくお願いします。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html

 

RE 初めまして

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年12月 5日(日)16時29分17秒 p6f81af.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
   黒猫館のホームページをざっと見せていただきました。
 
 「黒猫館」の管理人さん(館長さん?)は、自己紹介をそのまま受け取りますと、日本語が
堪能なドイツ人あるいは、トイツ生まれでトイツ育ちの日系ドイツ人であるように思われます
が間違いないでしょうか?
 
 「館長さん」は、ドイツ哲学を専攻されており、それをベースにおきながらも、自分が好き
な・あるいは関心をもついろいろな世界を浮遊する「哲学及び人間探求者兼趣味人」であられ
るようです。
 そのような方が、ラッセルの哲学のどの部分に興味をもたれたか不明であり、また私は論理
学や数学の専門家ではないので、どのように応えれば、お答えになるかよくわかりませんが、
とりあえず、以下のようにお答えしておきます。

 ラッセルの論理学やそれを基礎とした「理論」哲学を専門的に取り扱う・理解するためには、
現代論理学(記号論理学)の訓練を受ける必要がありますが、そうでない限り、たとえば、下
記の三浦俊彦氏の一連の入門書を精読して理解できれば、ラッセル哲学(主として認識論・知
識論、存在論、科学哲学等)をかなり理解できると思われます。

 それから、私の場合で言いますと、高1の前半位までは数学が一番できましたが、高校1年
の後半からは、できるだけいろんな勉強をしようということで、数学の勉強をほとんどしなく
なってしまい、どんどん成績が落ちてしまいました。ただし、数学的な考え方のセンスはもっ
ていると思いますので、それでまあいいだろうと思っています。(中学の時は、数学は学校で
1番だったので、高校以降も勉強していたら、今のように苦労をしなかったかも知れないと、
若い頃は時にふれて後悔しましたが・・・。)
 
================================
・論理学入門のための入門書(入門の入門)
 『論理学がわかる事典』(日本実業出版社)http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/ronri-j.htm
 *これ以上わかりやすく書けないというほど、平易に書かれています。

・現代論理学の入門書
 『論理学入門』(NHKブックス)http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/con-ron.htm

・パラドクス三部作(いずれも二見書房刊)
 1)『論理パラドクス』http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/puzzle.htm
 2)『論理サバイバル』http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/puzzle-2.htm
 3)『心理パラドクス』http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/puzzle-3.htm

・その他
 『可能世界の哲学』(NHKブックス)http://members.jcom.home.ne.jp/miurat/con-kano.htm

 これらを読んだら、『私の哲学の発展』(みすず書房)を読まれ、ラッセル哲学の変遷・発
展をザット頭にいれてから、興味をもたれるラッセルの諸著作を読まれることをお勧めします。

 以上、余りお答えになっていないかも知れませんが、参考まで。
 

初めまして。

 投稿者:黒猫館館長メール  投稿日:2004年12月 5日(日)08時14分35秒 d61-11-159-136.cna.ne.jp
返信・引用
  初めまして。サイト「黒猫館」の管理人をしている者です。

もう十年以上前、大学で「論理学」の講義を受けた時にラッセルの名前を
知りました。その時は難しすぎてよく解らなかったのですが最近、また興味
が湧いてきました。そこでラッセルの哲学を理解するのにはやはり数学がで
きないと駄目なのでしょうか?また難解な「論理式」を計算しなくてはなら
ないのでしょうか?まことに恥ずかしながら初心者としてご教授いただけた
ら幸いです。

http://www.cna.ne.jp/~kuroneko/index.html

 

ありがとうございます

 投稿者:斎藤幸平メール  投稿日:2004年11月14日(日)17時55分58秒 6.134.150.220.ap.yournet.ne.jp
返信・引用
  わざわざありがとうございました。そうだったんですか?僕が図書館で借りて読んだのは、ちょうど日高さんのものでした。春になって時間ができたら原文で読もうと思います。僕はラッセルの英語の文章を読んで、英語がほんとに好きになり、またラッセルのことも本当に尊敬しています。  

RE はじめまして

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年11月14日(日)10時24分44秒 p290a94.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  斉藤幸平さま

 該当の部分の原文は、以下のとおりです。これは、1961年に刊行された Has Man a Future?
の最終章(Chap. 11: A stable world)冒頭の段落です。
 この本が出版されてすぐ(9月)に行われた反核デモを首謀した罪で、1週間の懲役刑(実際
は1週間病院に軟禁)を受けています。
 なお、日高訳「人類に未来はあるか」(理想社刊)は誤訳が少なくないので注意してください。

"I am writing at a dark moment (July 1961) and it is impossible to know
 whether the human race will last long enough for what I write to be published
 or if published to be read. But as yet hope is possible and while hope
 is possible despair is a coward's part."

 ====================================
 ラッセル年譜より
 1961(89歳)[昭和36年]
 ・百人委員会を結成し、委員長となる。
 ・2月18日、英国の核政策に抗議するトラファルガー広場における2万人の大集会
 ・9月、百人委員会、国防省前に座り込み。
 ・9月12日、2ケ月の懲役の判決(後に1週間に減刑)
 ・10月29日、トラファルガー広場で「市民不服従」の大集会
 ・11月、ブリクストン刑務所付属病院に一週間拘束される。
 ・12月9日、英国全土の核兵器基地と米軍基地への5万人の抗議デモ
 =====================================
 

はじめまして

 投稿者:斎藤幸平メール  投稿日:2004年11月14日(日)00時29分6秒 6.134.150.220.ap.yournet.ne.jp
返信・引用
  初めて書き込みます。僕は今高校三年で、エッセイのテーマをラッセルにし、書いています。今、英語に直しているのですが、「人類に未来はあるか?」の「私は今、暗がりでこれを書いているが、人類は果たして、この書が出版されるまで、生き続けてくれるかどうか知りがたい。しかしまだ望みはある。望みのある限り、絶望は弱虫のすることだ。」という部分の原文を教えていただけないでしょうか?よろしくお願いします。  

暖かい言葉、ありがとうございます。

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年11月 8日(月)19時15分47秒 p290a94.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  サトウ様

 あたたかいはげましの言葉、ありがとうございます。

 英語(外国語)ができる・できないと簡単に世間の人は言いますが、日常会話なら別ですが、
思想家の発言や文章の場合は、その思想家の育った環境(時代、社会環境、その他)やその思想
家が関係している主題についての基礎的な知識はどうしても必要です。
 少し英語ができる(と思っている)人は、必要な調査をせずに、思いこみで邦訳することが少
なくありません。特定分野の専門家でも、予想外に一般常識がなかったり、女性なら常識的なこ
とでも男性にとっては常識ではなかったり、とにかくそれなりの人物の著作の邦訳は難しいと思
います。ラッセルはごく専門的な論文でない限り、できるだけ易しいコトバを使いますので、簡
単に考えすぎることがあったりします。
 英語ができるといっても、(長い間海外で生活してない限り)(論理的でない)日本語では表
現できないが、英語なら表現できるということはないはずです(そのように言う人が時々います
が)。世間であの人は英語ができるといっても、日本語ができない人は、多分まちがったコミュ
ニケーションをずいぶんたくさんしているだろうと想像します。

 今後とも気がついたことがあれば、ご指摘ください。
 

初めまして

 投稿者:シバタ  投稿日:2004年11月 8日(月)19時02分34秒 zaq3d7d7e5c.zaq.ne.jp
返信・引用
  みなさま初めまして。
ラッセルの本を読んでみたいと思うのですが、今まで接する機会がなかったので
どのような本があるのかすら分かりません。
もしよろしければお勧めの入門書のようなものを教えて頂けないでしょうか?

出来れば手に入れやすい本が嬉しいですが、もし手に入れにくくても内容が良いと言うのなら
探してみたいと思います。
お答え頂ければ幸いです。それでは
 

Re^2 2004.11.05」の更新記事:追加

 投稿者:サトウ  投稿日:2004年11月 7日(日)23時43分22秒 i220-220-226-58.s02.a013.ap.plala.or.jp
返信・引用
  「ここは競争の場ではないので、今後はフライングも楽しみにしています^^」事実と意見を混同するのは、もちろん学問的には、つまり、ラッセルについて正確な知識を得るには許されませんが、私のちょっとした気持ちです。  

Re^2 2004.11.05」の更新記事

 投稿者:サトウ  投稿日:2004年11月 7日(日)23時23分42秒 i220-220-226-58.s02.a013.ap.plala.or.jp
返信・引用
  松下さま

いろいろと調べられるのは手間が掛かるでしょうが、実は松下さんの注は、諸々の背景情報を知るのに大いに参考になります。『ラッセル自叙伝』の誤訳を見ても、翻訳というのはリサーチがいかに大事かよく分かります。ここは競争の場ではないので、今後はフライングも楽しみにしています^^
 

Re 2004.11.05」の更新記事

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年11月 6日(土)10時09分31秒 p290a94.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
  サトウ様
 コメントありがとうございます。

 サトウさんが言われるように、「なぜなら」を入れておいた方が自然なので、そうさせてもら
いました。

 ところで、「部分と全体」および「ハッピーエンド」についての注の書き方へのご意見です
が、サトウさんがかかれているような疑問を持つ人も他におられるだろうと思いますので、下
記のように修正させていただきました。(該当部分の単なる訳注と、訳注以上の追加説明とを
混在させたことがまずかったと考えています。

==========================================
*松下注2:社会(=国家その他)と個人が対立する(利益が相反する)場合は、ラッセルは、
常にといってよいほど、「個人の尊重」の立場に立つ。ここでは、もちろん2004年11月5日付
の掲示板への書き込みにあるように、「将来を思い煩うのではなく、日々の生活を有意義に過
ごすべきである。なぜなら、人生の全体は日々の積み重ねだから。」といった意味合いである
が、ラッセルが多くの著書で言っているように、「部分よりも全体の強調」は、全体主義国家
観、偏狭な愛国心、個人の自由や幸福を犠牲にした公共の利益・福祉等々に、密接に関係して
いる。
*松下注3:ハッピーエンド(でなきゃいや)症候群;シンデレラ症候群/現実を直視しない人、いやなものからできるだけ目を背ける人は、ハッピーエンド症候群にかかっている人が少なから
ずいると思われる。
===========================================

 単なる訳注だけでなく、関連するラッセルの考え方や自分の感想を挿入したいために、これか
らもフライング気味になるかもしれませんが、直接の説明、関連した説明、自分の意見や感想は
できるだけ、わけて書くように注意しようと思います。  (松下)
 

「2004.11.05」の更新記事:補足

 投稿者:サトウ  投稿日:2004年11月 5日(金)23時22分3秒 i220-220-226-58.s02.a013.ap.plala.or.jp
返信・引用
  「行間を読む」とは言いますが、「部分に価値があるのでなければ、全体に(も)価値はありえない」の前に、接続詞「なぜなら(Because)」を補って考えてみればいいのでは。  

「2004.11.05」の更新記事

 投稿者:サトウ  投稿日:2004年11月 5日(金)23時07分36秒 i220-220-226-58.s02.a013.ap.plala.or.jp
返信・引用
  いつも(every dayではなくalways)更新楽しみにしております。ちょっと引っかかった箇所がありましたので投稿しました。更新記事の「部分に価値があるのでなければ、全体に(も)価値はありえない」に対して「*松下注2」としてコメントされていましたが、私はもっと素朴に「将来を思い煩うのではなく、日々の生活を有意義に過ごすべきである。なぜなら、人生の全体は日々の積み重ねだから。」と解釈しましたが、いかがでしょうか?それと、次の行の「人生は、ヒーローとヒロインが、信じられないような不運(逆境)を乗り越え、最後にはハッピーエンドで報われる、といったメロドラマの類推で思い描かれるべきではない」というくだりは、ここでは「現実逃避」ということとは関係なく、そもそも人生に悲劇というものはないのだから、ハッピーエンドで終わるようなメロドラマを人生に期待する必要はない、といっているように思えるのですが。。。  

RE 松下様

 投稿者:松下彰良  投稿日:2004年 8月19日(木)20時00分25秒 p6f81f5.kyotnt01.ap.so-net.ne.jp
返信・引用
   幾多郎さま

>スペルの間違いも少しありますので、後日、郵便にて訂正したものをお届けします。お待ち下さい。

 よろしく御願いします。  松下
 

松下様

 投稿者:幾太郎  投稿日:2004年 8月19日(木)13時35分40秒 gd053068.gd.kcv.ne.jp
返信・引用
  松下様、The harm that good men do の原文のご紹介ありがとうございました。スキャナーで読み込み中に若干の間違いがあるようです。主として、カンマ、ピリオド、アポストロフィ等で、大意にはほとんど影響はありませんが、スペルの間違いも少しありますので、後日、郵便にて訂正したものをお届けします。お待ち下さい。ありがとうございました。  

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