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ムシヨから出てきた冨士夫は京都ではなく東京で暮らしているらしい。
「四ツ谷セツモードセミナー」に通う学生の中のROCK少年たちのあいだでは朝から、その噂がまことしやかに取り沙汰されていた。
「SPEED」のGuitaristは「青木」さんで、かつて「村八分」でベースを弾いていたことがある人。
その噂は毎朝毎日メタアンフエンタミン使って登校している少年Aには、ナーバスに深刻でリアリテイある学説だ。
「山口冨士夫」トリオは四年前に名古屋市公会堂で「CAROL」FRONT ACTで観ているきりで、次に同じ公会堂のFESで見たときには、キンキン声の女性VOCALISTがいて冨士夫はGuitarだけを弾いていた。「冨士夫歌え」という野次が会場のいたるところから飛んでいた。
三回目の名古屋登場に期待して千種のプロモーター事務所に直接チケツトを買いつけに行くと、そこの女社長に逮捕で中止をしらされた。なんでという質問に女社長は困った顔をして無言で例の静脈注射のアクシヨンで答えたのだ。
最初に見たときに公会堂館内で冨士夫にマジで追いかけっこをしかけられて以来崇拝していた少年Aには、とても他人事だとは思えなかつた。
学校がおわると渋谷まで飛び「屋根裏」の階段をかけあがつた。四時。「SPEED」がリハーサルをしている。マギーという一つ下の友達がLeadGuitarを弾いていた前回新宿「サブマリン」のときと違いGuitaristはアオチャンだけだ。いやがうえにも期待は膨れ上がる。
次にリハーサルを始めたのは「鳥井賀句」率いる「ペイン」。高円寺でかれが一人でBARTENDER営つていたROCK BAR「ブラツクプール」に友達と二人で行ったときには注目を集め出した「ブルース・スプリングステイーン」を熱く語りながら「明日への逃走」を聴かせてくれた。初めて聞く名前だつた。賀句の熱いプツシユで「アブサン」も初めて体験したが、どうつてことはなかつた。「スクリューバンカーズ」のLEADVOCALISTの「タコ」がふらりと入って来てカウンターに腰掛けたので少しだけ顔見知りだつた少年Aは彼に自分が読み終えたばかりの「紅蜥蜴」のLeadVOCALIST「モモヨ」のINTERVIEWが掲載されているミニコミのソコ部分を開けててわたすと臆面もなく夢中で読んでいた。上京してぽくは幸せだなあ君達といるときが一番幸せなんだ。死ぬまで君を放さないぞ、いいだろう?とSPEEDの高揚感の中で幸福を恍惚となつて噛み締めた少年A。
つづく
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