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中公文庫版
出だし7ページ
今のところまだ何でもない彼は何もしていない。何もしていないことをしているという言いまわしを除いて何もしていない。窓の外は晴れている。いや。曇っているかもしれないがその保証はない。なにしろ雨が降っているかもしれないくらいだから。それでもやっぱり晴れているのかもしれない。………後省略
279ページ第9行あたま
常識的には彼の存在そのものが事件といえるのではないか。ところでその事件は終ったのだろうか。終ったのだろうと彼は思う。なぜならもし警察に電話したとしてもおそらく誰も出ないだろうからだ。当然だ。事件が終っていることはもう確実なのだからと彼は自分の確信をもとにそう決定する。誰かが電話に出たとしてもその言葉はあいかわらず意味のない呟き又は呻き声のようなものであろうと彼は想像する。テレビのスクリーンから明かりが消えた。彼は暗闇の中に座ったままだ。やり残したことは何もない。そもそもやるべきであったにかかわらず彼がついにやらなかったことは無数にある。今から行動しても無意味なことばかりだがもともと彼の行動してきたことのすべてが無意味なことばかり
280ページ
ではなかったといえるのかと問われれば彼にはすべて無意味であったとしか答えようがない。だがそれは彼がそう思うだけだ。おれにはやりたいことは何も残っていないのかと彼は思う。妻や娘にもう一度だけ会いたいという気がしないでもない。しかし会おうと思えば今すぐにでも会えるのだということに思い至って彼は疑然とする。この事件の性質及び事件の中に占めている彼の立場からすればいつでも会えるのだ。しかしもはや会う必要はないのだ事件はもう絵わったのだからなと彼は思う。彼はなにもしていない。事件が終れば彼にはもうするべきことが何もない。するべきことのない彼はすでに何でもない彼である。窓が消えると窓の外の天気も消える。晴れてもいず曇ってもいず雨でもなかった天気は今度こそ本格的に消滅した。家の中と外の区別がなくなった天気は今度こそ本格的に消滅した。家の中と外の区別がなくなった以上は家もなくなっているのと同じである。今家が消滅する。荒廃した家が消えればそこには荒廃もない。テレビ・スクリーンの白っぽい残像によってのみ存在していたテレビが消えてしまうと同時に彼も消える。
【完璧だ】
【オリジナル】原爆オナニーズの活動を一年くらいやめていた時、スタークラブを抜けたエデイから直接名古屋市新栄町のマンシヨンの郵便受けに『タイローと三人で原爆オナニーズをやろう』と呼び掛けに答えた俺だつたが、よいドラマーにめぐまれずモチベーションが低下していた時期にヒカゲと再会した。23歳くらいかな。ヒカゲが自宅に遊びにきたときダイニングのテーブルの上にこの【虚人たち】のハードカバーがあったのを鮮明に憶えている。26歳くらいで高円寺の甘栗太郎ビル・メゾン高円寺のウラテにあった『高円寺図書館』に雑誌に毎月連載されていた【夢の木坂分枝点】をわくわくしながら詠みに通っていたいたのも鮮明に憶えている。長編小説を再読するのは【フイリツプKデイツク】の何冊かと【ダ・ヴィンチ・コード】くらいだ。
二つの作品を書いていた頃の【筒井康隆】さんの年齢に近づいた今また、読んだ。最初に読んだ時に傑作だと解ったが、いまは大傑作だと解る。読者も進化するのかもしれないと思う。
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